2006年01月08日

貧乏性の理由。

正月は新潟の実家に帰った。(一年ぶり)

近所.jpg
やっぱり、すごい雪だった。

毎年、帰るたびに
「私の性格形成には両親のこういう態度が
影響してたんだなあ・・・」と発見する。


ほとんどマイナス面なんだけど。


今回は母親から1個、気付かされた。


今はすっかり私を同等扱い(お客さん扱い?)して、
優しい母親。

でも、今回、茶碗を洗っている母親の横で
皿を拭き拭きしてた時に、変な動悸を感じた。


「皿はどんな順番で拭けばいいんだっけ?」
「重ね方はどうしたら、いいんだっけ?」
「どんな種類別に分けて、棚に仕舞ったらいいんだっけ?」


どうでもいい事のようだけど、
子供の頃はお手伝いして、母親のやり方と違っていると
「そんなやり方じゃ駄目でしょ(#`д´)ノ!!!」と
しょっちゅう怒鳴られてた。

だったら、最初に「こうやって欲しい」って
説明すれば良いと思うのだけど、

いつも怖い母親に私からは聞けず、子供ながらに必死に推測して、
「このやり方で大丈夫だよね」と思ってやった事を叱るのだ。


私はエスパーか?っちゅうの。


今、大人になった私を怒鳴りつけるなんてこと無いけど、
あの頃ビクビクしていた子供時代を思い出してしまった。


洗濯・掃除なんかに関しても、そうだったので、
今思えば、それに関連するバイトは苦手だった。
飲食店とか・・・。

「合ってる?合ってる?これで間違ってない?」って
ことばかり考えて作業が進まない。

掃除なんかも、叱られないよう丁寧にやり過ぎて、
「もう十分だよ」と止められない限り、必死にやる。
要領悪くて、もう嫌になる位、使えないバイターだったと思う。


 
去年だったか、一昨年だったか、
母親に「お前がそんな風に人に気を使いすぎるように
なったのは、お母さんのせいなんだ。ごめんね」と謝られた。

その時は「私が人に気を使う?自覚ないんだけど」と
思ってたけど、もしかして、この事も入っていたのかなー?

別に恨んでないし、ご心配無く。
反面教師にさせてもらうだけなのだー。

あの強迫観念は母親からの刷り込みだった、と
自覚できて私も救われた。



ちなみに今回も母親に謝られた。

「お前がそんなに貧乏性になったのは、
うちが貧乏だったせいだよね。ごめん」

貧乏性???しかも「そんなに」って?

え?なになに?
私が貧乏臭いってこと?

それに関しては謝られても、
どんな顔したらいいか分かんねーなー・・・。

古着屋で買ったボロいコートを着て
帰ったのもマズかったのかナ・・・。



さて、おまけ。
父親は父親で、弱気モードの涙目で、

「諸慕記知、新潟へ帰ってこんか?
俺も体も弱ってきて、心細いんだ・・・。」

「こっちにだって、給料安くても少しは求人有るし・・・」

「アレだったら、この家もきれいにリフォームするから。」


若い頃は「子供が幸せなら、それで良いんだ、俺は」
「年を取っても自分の事くらい、自分で出来る」、
「子供に迷惑は掛けない」なんて言ってた人も、
年を取ると変わるもんだ。

別にそれも責めはしないけど。

最近は頑固で可愛げが無い性格になってきてるけど、
確かに昔は可愛がって育ててくれたもんなー。

新潟に住む予定は1mmも無いけど、
なるべく不安にさせないように、こっちも善処するつもりだよ。


人間、無責任に生きてくって不可能だなあ・・・。
posted by 諸慕記知 at 01:10| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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